ppo_20110927.jpg.jpg東京都江東区有明テニスの森で開催されているWTAプレミア5大会、東レ・パン・パシフィック・オープン・テニス(ハードコート)大会。3日目の9月27日には、3月11日の東日本大震災で被災した福島県の中高生が招待され、トッププレーヤーたちの試合と選手たちとの交流を楽しんだ。


これは大会が行なう復興支援のムーブメントのひとつなのだが、選手たちの意志も強く反映された行事だった。
中でもマリア・シャラポワキャロライン・ウォズニアッキビクトリア・アザレンカは震災当時から、「何ができるかわからないが、自分たちにできることは何でもしたい」と言葉にし、実際にチャリティーのクリニックやオークションなどに積極的に参加してきた。
シャラポワは大会中にこう言っている。「トッププレーヤーたちがこうして日本にそろったことに意味がある。今年の大会に参加した選手たちは、ただプレーをするためだけに来日しただけではなく、みんな日本を応援しているという意志を示したいという気持ちを持ってやってきた」。
シャラポワは自分の試合がない日の有明で、福島からやって来た中高生を迎え、全員の入場証にサインをしてプレゼントした。「コンサートなどで1日のイベントのために来日するスターもいたと思うけど、私たちテニス選手は10日間プレーするつもりで来ている」と彼女は話している。「それが私たちなりの意思表示なんです」。彼女は自分が日本で愛されているのを知っているし、自分のキャリアは日本で始まったと本気で思っている。それだけに人一倍、その恩を返したいという気持ちも強いという。
ベラ・ズボナレワはこう話した。「もちろん勝ちたくて大会に参加したが、今回は特に自分のベストを尽くしてそれを見てもらうことが大事だと思っている。それが今の自分にできる最大のことだと思う」。彼女もまた、チャリティーに熱心なことで知られる存在で、様々な活動を行っている。
マイナー時代から日本の大会に参加してきたサマンサ・ストサーは、より日本のことを知っている。彼女はこう言っていた。「日本の人々は地震に対して備えていたはずなのに、突然多くの人たちが色々な物をなくしてしまった。寂しく、悲しい気持ちだった」。
アザレンカはチェルノブイリ原発事故の被害を大きく受けたベラルーシ出身。それだけに、たとえ彼女が来日をためらったとしても、何の不思議もなかった。だが、彼女は早くから大会に参加すると言い切り、自分でも色々と調べた上で、実際にやって来た。「日本にはいいイメージしかない。被災した人たちのことをみんなが心配している。今回の来日も少しもためらわなかった」。
自分の記者会見に見学に訪れた福島の中高生には自分の方から歩み寄り、「みんな来てくれてありがとう。私たちもできる限りのことはします」と話しかけ、全員と握手して回った。それは自然に出た行動で、何一つ予定されていたわけではなかった。
いつもの年であれば、来日して試合をすることそのものに意味はない。彼女たちの仕事は世界を旅して回り、賞金を稼ぐこと。いつものルーティンの中のひとつだ。
だが、今年の大会に来た選手たちはそれぞれ、特別な思いを胸に有明のコートに立っている。「自分たちにできるのは全力でプレーする姿を見せること」。誰もがそう言葉にする。彼女たちに聞けば、いつの大会でも、どこの大会でも同じ言葉を使うだろうが、今回はその意味が変わっているように見える。社交辞令や義務的な言葉としてではなく、実を持った言葉として、彼女たちがそれを伝えたいという強い思いを感じるのだ。
クルム伊達公子は「スポーツには大きな力があると思っている」と言った。「スポーツ選手はいつでも勝ったり負けたりを繰り返す。精神的に落ち込むことも多いが、それでも前を向いてプレーを続ける。落ち込んだ時には自分一人で立ち直るだけでなく、色々なものを見たり、聞いたり、読んだりすることが何かの助けになることもある。自分たちがあきらめずに戦い続ける姿を見てもらうことが、何かのきっかけになるかもしれない。もちろん、コート外でもできることがあればやりたいし、オフシーズンになったらまた被災地を訪ねるつもりです」。
人の憎しみが引き起こしたテロであるニューヨークの9.11と、逆らいようがない天災の東日本大震災をそのまま比較はできないが、当時のニューヨークでは大きな悲劇を前にして、「一刻も早く普通の生活を取り戻す」という言葉があちこちで聞かれた。「悲しんでばかりはいられない。我々は一日でも早く、いつもの騒々しいニューヨークに戻らなければならない」。テロからちょうど1年後の2002年の全米で何度も聞いた言葉だ。駅の掲示板にはびっしりと行方不明者を探す張り紙が貼られ、事件の傷跡もまだ生々しかったニューヨークで、彼らがその言語を口にし、本当にそう思えるようになるまで、どれほどの葛藤があったのかと当時は感じたものだった。
そして、日本。震災からまだわずか半年。あの日に起きたことは、何一つ一段落などしていない。
だが、福島の中高生を引率してきたある先生は、こんな話をしてくれた。「あの子たちにとっては今が青春ですから、それを普通に過ごさせてあげたい」。
テニス選手たちのメッセージは言葉になりにくい。だが、今年のコートの上の彼女たちの眼の色は、いつもの年とは明らかに違っている。テニスファンはどうか、それを感じてほしいと願う。
この後の楽天オープンや、大阪のHPオープンも含め、自分のためだけに試合をするのではないという、特別な気持ちを抱えてコートに立つ選手たちの思いを、自分たちの中の何かに変えるキッカケにできれば、それはきっと小さくはない意味を持つものとなると思う。
※写真は、福島の高校生とビクトリア・アザレンカ、クリックで拡大