パリのローランギャロスで開催中の全仏オープン初戦で、伊藤竜馬が世界4位のアンディ・マリーと対戦。1-6、5-7、0-6で敗れたものの、第2セットでは見せ場も作り、会場のファンから大喝采を浴びた。


コートスザンヌ・ランランにこだまする「イトー、イトー」の大声援を追い風に、ドラゴンショットが赤土をえぐる――。
わずか25分で終わった第1セットから一転。躍動する伊藤のフォアから放たれる強打を、鉄壁の守備を誇るあのマリーが、幾度と無く苦悶の表情を浮かべて見送った。
第2セットの、第5ゲーム。伊藤は相手に1つのポイントも与えずサービスゲームをキープすると、以降はフォアの強打を左右に打ち分け、世界4位を完全に圧倒した。「彼はすごくよい選手だ。トップ70にいるのは、それだけの理由がある」。マリーも試合後に、伊藤の潜在能力を素直に認め賞賛したほどだ。
第7ゲームもラブゲームでキープした伊藤は、続くゲームでも怒涛の3ポイント連取。3つのブレークポイントをマリー相手にもぎ取ると、場内の「イトー」コールも絶頂に達する。胸のすくプレーで1万人の観衆をも味方に引き込み、コートスザンヌ・ランランは、竜馬劇場と化していた。
だがここでマリーは、なぜ彼が“BIG4”とよばれ、ほかの選手たちと一線を画する存在を証明してみせる。鋭く速いサーブを軸に、5ポイント連取で窮地から生還。さらにこのゲームを境に1段ギアを上げたマリーは、5-5からブレークし、苦しみながらも第2セットを手にしたのだった。これで息を吹き返したマリーは、逆に気落ちした伊藤に以降は1ゲームも与えることなく、結果的には1時間34分のストレート勝ちを収めた。
だが、伊藤がローランギャロスの赤土に刻んだ名刺がわりの強打の数々は、目の肥えたパリの観客たちにも、鮮烈な印象を残していた。夕日を浴びコートを去る背に送られた万雷の拍手と、鳴り止まぬ「イトー」コールが、その事実を何より雄弁に物語っていた。
試合後の伊藤の会見をお届けする。
――世界4位と戦った率直な感想は?
やっぱり、“壁”みたいな感じで、ストロークはミスがない。普通に見えるラリーでも、毎回高さや回転を変えてくるので、凄くやりづらかったです。対戦相手のバランスを崩すショットをいくつか持っているのが、やはり凄いところだと思います。
試合の立ち上がりは、相手がどれくらい粘り強いのかようすを見ようと思い、逆にそれが自分のミスに繋がってしまいました。そこで第2セットからは自分の持ち味の攻撃でいこうと思い、どんどん攻めたらそれが噛みあい、よいプレーが出来るようになった。
第2セットの4-3からブレークできていれば、セットを取れたかもしれないとも思ったんですが……(苦笑)。そこからサービスが2本良いのが入るし、0-40になっても取らせてくれないというのがトップ選手なのだと思います。
――第2セットは、相手がマリーだということを忘れて攻めていましたか?
凄く集中できていたし、自分のプレーを極限まで相手に見せてやろうと思っていました。あそこまでいったら……やっぱりセット取りたかったですね(笑)。
――そのプレーが、あの「イトー」コールにもつながったと思います。
そうですね。なんか勝ったような声援でした(笑)。あんなに多くの人に自分の名前をコールされたのは初めてだったので、鳥肌が立ちました。
――試合の立ち上がりは、なぜ相手のようすを見てしまったのでしょう?
自分も“壁”になろうと思ったのですが、むこうはいってみれば「壁の職人」じゃないですか?(記者陣、一斉に笑う) それが相手の武器なので、考え方がちょっと甘かった。守ろうと思ってミスしてしまったのが第1セットでした。やはり自分のテニスを、しっかり相手に見せるしかないと思いました。
――伊藤選手にとり、今回のローランギャロスはどのような意味を持ちますか?
あれだけ多くのお客さんの中で戦ったのも初めてだし、世界の4位のようなトップ選手と戦ったのも初めてです。セカンドセットのようなプレーを持続できれば、もしかしたら、というのもあったんですが……。これからは、通常のラリーでつなぎ、最後に自分の持ち味であるフラット系のショットで決めるという形を、もっと作っていきたいです。あとは、もっと体力をつけたいと思います。
――第2セットでよいプレーをしながら、第3セットを相手に支配されたのは、気持ちの問題ですか? それとも相手がギアを上げたのですか?
やはり第2セットの終盤でブレークされ、(気持ちが)落ちたというのはあります。2セットを取られたところから逆転するには、体力にも不安があったし、マリーはギアをもう一段隠し持っていたかもしれない。逆に自分に体力があれば、第1セットからもっと飛ばせたかもしれないし、第2セットを取れたかもしれない。そのように、トップの選手とも対等に戦える体力をつけたいです。
――体力にメンタルがついてくるという面があるのでしょうか?
そうですね。体力があれば気持ちにも余力が持てるので。
――50位くらいの選手と、マリーのような選手は、どの部分が一番違うのでしょう?
50~60位の選手とマリーのような選手でも、普通のラリーのスピードは変わらないと思います。でも大きく違うのが、やはり精度。ミスをしないというのは相手にとってプレッシャーになるし、それは自分にも感じました。勝つためには、ミスを待っていても(なかなかミスを)してくれないので、もっと集中してポイントを自分から取りにいかないとダメだというのがわかりました。
――今、100位以内に日本人男子が3人いることについては、どう思いますか?
自分より上に2人の日本人選手がいるので、自分も高い目標をもてます。自分にとっては、ここが始まりだと思っています。オリンピックにも出られそうなところにいるので、是非出たい。錦織選手が10位台にいて可能性を見せてくれるので、自分もそこにいきたいと思います。これから日本人男子の選手がもっとランキングを上げてテニス界を盛り上げ、そして子供たちがテニスを始め、テニス人口を増やせるようにしたいと思います。