3月半ばに京都を訪れた時、彼女は世界の414位だった。それから約ひと月半後、“日本テニスの聖地”有明コロシアムを、彼女は世界の252位で去る。その間、5大会に出場し、うち2大会でタイトル獲得。

 19歳の木下晴結(はゆ)は、今の日本テニス界で最も勢いのある女子若手選手である。

 躍進の始まりの地となった京都は、木下にとって半ば地元だ。彼女が育ったのは、大阪府の枚方市。10歳になる頃から、京都府のLYNXテニスアカデミーに通って腕を磨いた。ちなみに出生地は、父親の仕事の都合で当時一家が住んでいた中国の北京。その頃の北京は大気汚染の影響もあり、空は灰色の日が多かった。それが彼女が生まれた日は、抜けるような青空に。晴れの日に世界と結ばれた子——それが、彼女の名の由来だという。

 それから19年後、彼女は京都開催の『島津全日本室内テニス選手権大会』で、シングルス優勝トロフィーを掲げた。この大会は「全日本」と冠するものの、ITF(国際テニス連盟)公認の国際大会。グランドスラムを目指す選手たちにとっての、足掛かりとなる舞台である。

 その京都大会に予選から出た木下は、シングルスで7つの白星を重ねて頂点へと駆け上がった。しかもダブルスでも準優勝の快進撃である。

 15歳からグランドスラムジュニアでも活躍してきた木下の美点は、一言でいうなら「しなやかさ」だろう。痩身ながら手足を鞭のようにしならせ、あらゆるショットを柔らかく繰り出す。なんでも器用にこなすオールラウンダー。ただ選択肢の多さは時に、迷いにもつながる。加えて彼女は、自他共に認める「完璧主義者」だ。

「試合中でも、例えばフォアのストレートを一度ミスすると、そこにこだわり、決まるまで何度も打ったりしていたんです」

 気恥ずかしそうに、木下が打ち明ける。そのような彼女の性格を見抜き、認めつつも「今はその時ではない」と諭したのは、2年前から木下を指導する神尾米氏。現役時代に世界24位に至ったかつてのトッププレーヤーは、「自分のやりたいテニスをして勝てるほど、甘い世界ではないよ」と木下に言い続けてきた。

 その師の教えを頭では分かっていても、コートに立つと完璧主義の本能が理性に勝る。それでも悔しい敗戦を重ねたことで、徐々に神尾氏の言葉の本質が分かり始めた。18歳になり「プロ」の肩書きを得たことも、木下の意識を変える。

「プロとは、いかなる時でもベストを尽くすもの。どんな状況でも諦めずに戦う」

 自分に言い聞かせてきたその言葉の重要性を、成果ともに実感できたのが、京都大会本戦2回戦のパク・ソヒョン戦。第1セットを失い、相手に2本のマッチポイントを握られながらも掴み取った大逆転勝利だった。

「諦めない気持ちをプレーに出せたことが、踏ん張れた要因だと思います。自信になりました」 

 この勝利を機に、彼女の中であらゆることが、カチリと音を立てて噛み合いはじめた。4月の『ひなたオープン in 宮崎』(ITF W35)でも木下は、初戦で3時間の熱戦を切り抜けると、そのまま優勝へひた走る。粘り強く戦いつつ、相手を分析し勝利へのプランを構築する。多彩な技は、種々の環境に適応し、多様な相手を攻略する万能のツールとなった。

安藤証券オープン、爽快な勝利と悔しい敗戦。全てが成長の途中だ。写真:伊藤功巳

 テニスそのもののゲーム性を楽しめるのも、彼女の魅力の一つだろう。その最たる例が、有明コロシアムで開催された安藤証券オープン(ITF W100)の、伊藤あおいとの初戦だ。フォアハンドスライスの名手として知られる伊藤は、今や世界が恐れるトリッキーな選手。その伊藤相手に木下は、先んじてネットに出て、時にドロップボレーを、時にラインぎりぎりに落ちるロブボレーを次々に決めて見せた。

 勝利後の木下は、「楽しめたかなって思います」と、晴れやかな笑みを広げる。

「あおいちゃんは、いろんなことをするテニス。そのあおいちゃんより、いろんなことをしてみたらどうなるのかなっていうのは、思っていたことでした」

 あえて伊藤と同じ土俵に立ったうえで、相手を上回るテニスをする――。そのような柔軟な感性が、見る者をもワクワクさせた試合の源泉だった。

 その伊藤との試合から、2日後。安藤証券オープン3回戦で、木下は本玉真唯に敗れる。スコアは、1-6, 6-4, 5-7。ファイナルセットではブレークで先行し、自身のサービスゲームでマッチポイントを手にしていた。マッチポイントでも優位にラリーを進め、本玉をコート外に追い出してから、ボレーを決めるべくネットに出る。

 果たしてボールは、木下の読み通りの場所に返ってきた。ただ恐らくは、木下の想定よりややネットに近く、そして球威があっただろうか。ボールは差し出したラケットのスイートスポットをわずかに外れ、そして、サイドラインのわずか外側に落ちた——。

 そこから試合が終わるまで、木下の記憶は、はっきりしない。試合後の握手を終えた後は、頭からタオルをすっぽりかぶり、足早にコートを去った。

 試合終了から、約一時間後。会見の席に座る木下は、試合を振り返るべく下を向くと、涙をこぼした。この試合をどう消化すべきか、その時点ではまだ分からない。『キャリアで最も悔しい敗戦』であることを除いては……。

「いっぱい、試合をしました」

 涙にぬれた顔を上げ、彼女は3月からの日々を振り返る。

200位突破、そしてグランドスラム予選も見えてきた。写真:伊藤功巳

「いっぱい試合したし、本当にいろんな強い選手にも勝てた。少しずつ自分の成長を結果で感じられているので、もっともっと、上を目指して引き続き頑張りたいです」

 真っすぐに示したのは、満足感でも達成感でもなく、次への渇望だった。

 急成長の春を謳歌する19歳の疾走が、忘れがたい敗戦によりいったんの小休止となったのは、ある意味で象徴的かもしれない。

 勝者に光が当たるのは必然だが、負けて人々の心に残る者には、それを超えた何かがあるのだから。

取材・文:内田暁 写真:伊藤功巳