全日本テニス選手権、ダンロップワールドチャレンジで優勝した土居美咲。そのランキングは、今年、 200位ではじまった。ダンロップワールドチャレンジテニストーナメントの結果、12月15日現在の世界ランキングは、158位。
今、のっている19歳の2010年は、ランキング上昇分からでは分からない、大きな成長の1年だったといえる。2部構成の第1話(今回)は、2010の成長の秘密について迫る。(第2話:Vol.2「 2011年その可能性」)
■土居美咲 Misaki Doi
誕生日:1991年4月29日
出身:日本 神奈川県
身長:157cm
体重:48kg
利腕:左利き/両手バックハンド
プロ転向:2008年
2010年の土居美咲は、ランキングポイントの取り方が変わり、評価も変わった
同じランキングポイントでも、その中身が変わった1年
「実力を伸ばすことを大切にした1年」
2009年とはランキングポイントの取り方が違う。2010年の土居美咲は、戦いの場を国内ベースから海外へと移し、また出場する大会のレベルも上げた。海外での戦いは、移動や生活の面などオフコートでも有形無形のプレッシャーがあるもので、こういった大きな変化の始まりでは、ランキングのポイントを取りにくくなるのが普通だ。
また、出場する大会のレベルが上がると、当然、相手も強くなり、ボールの質、展開の違いも大きくなる。結果として、勝てる試合が少なくなってポイントを取れず、ランキングを落すことも多い。
実際、土居が年頭に考えていた2010年のランキングでの目標は、「200位以内のキープ」というもので、ポイントを上積みして、ランキングを上げていくというよりも、強い相手との試合を経験することで、「実力を伸ばすことを大切にした1年」と語っている。
実力を伸ばした結果のランキング上昇
シーズンの序盤にはやや苦しんだが、徐々に上のレベルのテニスにも適応できるようになったのか、初夏の時期から急速に実積が伸びた。彼女の対応力の高さがそれを実現したのだろう。
2010年は全ての4大大会の予選に挑戦。フレンチオープンでは、予選を突破して本戦にも出場した。4大大会の2010年の目標は、「全てに出場し、1大会で本戦に上がる」というものだったが、彼女はそれを見事に達成したことになる。
そして、11月は「勝つために出場した」と公言して臨んだ全日本テニス選手権での優勝。今季最終戦となるダンロップワールドチャレンジ(ITF7万5千ドル+HというITFでの上位大会)でも優勝を果した。それまで、国際大会での優勝はITF1万ドル大会での優勝しかなかったことを考えれば、大きな勝利と言える。
当初のもくろみ以上の成長があった今年の土居は、ランキングでも上昇を成し遂げた。年頭の200位から、12月20日の時点で132位とグランドスラムの予選圏内を確実なポジションまで上げて来たのだ。今後は対戦相手から研究もされ、対策も立てられるだろうが、より上のレベルでの活躍を期待したくなる。
プレーの変化は驚くべきもの「課題点が、逆に高い評価をされる長所に」
年頭でのプレー評価
年頭で高く評価されていた点
よく言われるものとして以下の点がある
1)日本女子には珍しいスピンを自在に操る技術(そこから生まれる、安定感や球種、コースのレパートリーの幅広さ)
2)「トップスピンラリーでの安定感」をベースに、積極的な仕掛けを可能にする懐の広さ
3)フォアハンドの強打+レフティならではの利点
4)外に逃げるコースを軸にしたサーブの配球+アドバンテージサイドで右利きの相手のバックサイド遠くに打ち込める利点
5)プレッシャーのかかる場面でも思いっきりの良さを失わないメンタル
※レフティ
レフティの選手は数が少ない。そのため、対戦経験も少なく、また練習相手としても普段から接する機会が少なくなる。結果として球種やフォアの位置の違いから生じる、配球や回転による変化などに、ほとんどの選手が慣れていないため、レフティの選手も、レフティの選手相手の方がやりにくいということも多い。
年頭で課題として言われていた点
1)試合中における修正力
2)追い込まれた際に戦術的な迷いを生じ、場当たり的な対応をするケースが目立つ点
3)それらの要因から、淡白なプレーでミスを犯し、失点を続けること。
シーズン終盤でのプレー評価
終盤で高く評価されている点
試合の中で修正する能力が高くなってきた
自分の成長のために試合をし、プレーに迷いがなくなってきた
フィジカルが向上し、クイックネス(敏捷性)がついてきた
来季(2011年)への課題点
今後、予想される対戦相手のレベルアップや、注目されだし「土居対策」を立てられた時に必要になるスピードへの対応。そして、より高い精度で、今のチャレンジを続けることであろう。
長所と課題は表裏一体
土居美咲の長所である「思い切ったプレー」、課題であった「修正する能力」、これを両立させるのは非常に難しい。なぜなら、これらは表裏一体のものだからだ。思い切ったプレーは言い換えれば「リスクを取るプレー」。これにはミスによる失点の危険を伴う。ミスを減らしながら、積極性を維持するには、プレーの中での修正力をさらに高めていかなければならない。
この2点を同時に克服できたからこそ、土居美咲の評価は、それまで課題とされていた点が、高く評価される点へと変わった。
では、この2点を両立させせた成長の秘密とはどのようなものだろうか…。
「実力を伸ばすことを大切にした1年」。それが成長の秘密
評価が変わった理由 シンプルに「自分のプレー」にこだわった課題の作り方
この1年の土居の考え方は、至ってシンプルだった。「自分のプレーにこだわり、実力を伸ばす」。それだけだった。
実際のプレーの選択肢とは、相手がどのようなボール打ってきて、自分がどのようなプレーをするかなので、その選択肢は相手に合わせて無限にある。できていないことを上げたらきりがなくなる。そのため、土居は、自分が得意なパターンの中に、必要な課題を探すシンプルな考え方で、小さな課題を数多く克服するという練習を行った。
例えば、得意なフォアハンドの逆クロスでは……
コース、球種、自分ポジションの選択肢を増やすこと。
↓
リスクが少なく自信をもって「思い切ったプレー」ができるケースを増やした。相手のボールが深いときの逆クロス、逆クロスに慣れてきた相手に打つ逆クロスはより角度をつけたり、タイミングを早くしたりする等。
↓
ミスが出ている時の相手のボールや球種、スピードなどを分析し、それらを中心に対策。「苦手の克服」ではなく、「自分の得意なパターンを作り出せる可能性を増やす」ために練習。
例えば、サービスからのポイント、センターへのサーブ
得意とする外へ逃げるスライスサーブの効果をより活かすため、センターへのサーブの確率や威力を上げる。それにより、相手にコースを読ませず、効果的なリターンを返して来る回数を減らすことで、武器とするフォアハンドからの展開に持ち込むパターンを増やす。
上背がなく、スピードも速いわけではないとはいえ、センターへのサーブを苦手と考えるのではなく、ワイドへのサーブを活かすためと考えれば、同じセンターへのサーブでも球種やスピードの選択枝も増やせ、使い方も変わってくる。
その結果、サービスキープが楽になり、リターンゲームでのプレッシャーも少なくなり、高い集中力を維持した状態で、積極的なプレーができるようになる。
バリエーションを作る練習
例えば、同じ「フォアへの回り込み」でも、様々な状況が考えられる。相手の球種・スピード、自分のポジション、同じような状況のプレーで前に何が起こったか、相手のショット特性など。それらを考慮すると、単に「フォアへの回り込み」と言っても、1つだけの意味の技術ではなく、さまざまな可能性とバリエーションがある。
様々な状況設定を行い、プレーの幅を広げていくことをバリエーション練習という。この考え方は、プレーヤー特性に合わせた無限の課題を作り取り出すことができる。
積み重ねの結果、伸びたのは技術だけでなく、判断力や修正力
原田夏希コーチ曰く、これらの積み重ねのおかげで「試合中に何をやっていけばいいかがわかってきた」とのこと。だから「試合の中で迷いなく判断できるようになり、修正する力がつき、そして試合の中で成長できている」と言えるまでになったのだ。
もともと、テクニックがあり、プレーの幅も広いのだが、ミスをした時にその理由を分析できなかったのがかつての土居。しかし、ここに来て練習の中に、その場ですぐに細かな点を修正し続ける要素を取り入れるようにしたのだという。つまり、ソフトウェア面でのアップデートだ。
また様々な状況を想定しながら、状況別での対処法を積み重ねていったことで、テニスに迷いがなくなってきたのだという。その結果、元々持っていた高い技術力を試合でも生かせるようになった。試合の途中からでも修正し、立て直して行く能力が段違いに向上したのだ。
土居は、「ランキングでなく実力を上げる1年にする」と2010年年頭の目標を大切にすることで、試合ごとに成長し、実力だけでなく、結果まで残すことに成功したが、その裏にあったのは、ハードとソフト両面での成長だったのだ。
Vol.2「 2011年その可能性」に続く