ハラミロとケイ

錦織圭は盛田正明テニスファンドのサポートで13歳からアメリカのIMGアカデミーにテニス留学をした。選考会で錦織を選び、アカデミーで13歳から5年間、錦織を指導し方向性を決めてプロにまで導いたのがゲイブ・ハラミロ氏だ。引退した錦織について思い出を語ってくれた。3回に分けてお送りする。

盛田正明テニスファンド選考会で見せた「恐れない姿勢」

ハラミロ

ーー盛田正明テニスファンドの選考の時のことです。4人の選手から1名選ぶ予定で、2日間にわたって徹底的にテストや面接を行ないました。心理テスト、身体能力テスト、そしてテニスの実技など。皆、誰が選ばれるのか注目しており、私が「錦織」と言うと驚かれました。当時、喜多文明と富田玄輝が長年1位と2位の座におり、ケイは3番手だったのです。

私が選んだ理由は、フォームの奇麗さでも体格の良さでもありません。「恐れていなかった」からです。テストの中にポイントをする場面がありました。コート脇にはきちんとした服装の大人が大勢見ています。ものすごいプレッシャーです。一生に一度のチャンスだとわかっているわけですから。

緊張で震える選手がいる中、ケイは「さあ、やってやるぞ」という態度でコートに入ったんです。実際、彼は果敢に攻め、積極的にショットを打ちにいき、その瞬間を楽しんでいるのが見て取れました。「この子だ」と思いましたね。私にとって、恐れずにプレーすることは非常に重要なのです。私が選んだのはケイですが、最終的に、その3名を託されることになりました。

ケイが13歳から5年間、私が彼のトレーニングやあらゆる面での指導を担当していました。今振り返ってみると、彼にとって決して楽なことではなかったと思います。まだ13歳の子どもだったのに、家族や友人から離れ、食事も口に合わず、英語も話せませんでしたから。

すべてを置いて新しい生活を始めるというのは、非常に難しいことです。それでも彼はやり遂げました。まさにチャンピオンの精神力ですね。

認知能力が高く、コート上の天才だった

スピードを武器にした錦織。写真:伊藤功巳

最初からケイに言い聞かせていたのは、「武器はスピードだ」ということでした。「相手から時間を奪うために、早いタイミングでボールを打つんだ」と指導しました。

練習ではベースラインの後ろに障害物を置いて、後ろに下がれないようにしました。非常にやりにくかったでしょうね。でもそのお陰で、ベースラインのすぐ近くでプレーすることを覚えました。相手から時間を奪うプレーができるようになったことが、彼の強さにつながったのです。

ケイの試合を後ろからではなく、審判台の近くから見ることもありました。そこからだと、ボールの動きに合わせて首を左右に動かして見ることになります。そんな時、振り返るともう彼がネット際にいることが何度もありました。それは、ボールの予測ができているからこそ可能なことです。

ケイは、私が指導したアガシ、クーリエ、サンプラスといった選手たちの中で、コート上での知性が一番優れていました。認知能力が信じられないほど高かったんです。

試合の中で自分がどういう立ち位置にいるのかを理解し、先を読むことができました。相手の傾向を把握し、即座に見抜いていました。選手というものは試合中にフォアハンドやバックハンドの感覚を失ってしまうことがよくあるんですが、彼はそれをすぐに見抜き、すかさずそこを攻めることができました。本当に、コート上の天才でした。

――②に続く

Profile
Gabe Jaramillo(ゲイブ・ハラミロ)
アガシやシャラポワなど11名の世界1位を育てた元IMGアカデミーのテニスコーチ&ディレクター。錦織を13歳から5年間指導して世界レベルにまで育てた。現在はRPSアカデミーのCEOを務める。

取材:赤松恵珠子