錦織圭とライバルたち

今、男子テニス界はビッグ4と呼ばれる強者たちが支配している。ノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、ロジャー・フェデラー、アンディ・マリー。錦織圭は、この巨大な壁に挑むポスト世代の代表として有力視されているが、周囲には同じようにビッグ4に食い込もうと狙っている手強いライバルたちがいる。トップ10にはベテランとも呼ばれる25歳以上が多いが、すでに錦織よりも下の世代も勢いよく迫ってきている状況だ。実力と個性でテニス界を盛り上げる錦織のライバルたちを、ここに一部紹介しよう。

ジョーウィルフリード・ツォンガ(フランス)27歳

~ガラスの体を克服、ビッグ4にもっとも近い男~

ジョーウィルフリート・ツォンガ ジョーウィルフリート・ツォンガ

今年の全豪オープン4回戦で、錦織がフルセットの接戦の末ツォンガに勝った試合は記憶に新しいが、すでにグランドスラムの決勝経験もある実力者。ジル・シモン(12位)、ガール・モンフィス(14位)、リシャール・ガスケ(18位)と並んでフランスの〈新・四銃士〉と呼ばれ、10代のころから期待されていた。22歳ごろまではケガが多く遅れをとっていたツォンガが、08年の全豪で当時38位ながら誰よりも早くグランドスラムの決勝に進出して脚光を浴び、今もその先頭を走っている。現在5位。ビッグ4に最も近い男である。
コンゴ共和国出身の父とフランス人の母との間に生まれたジョーのジュニア時代からのニックネームは、まさに見たままの「アリ」……そう、伝説のボクサー、モハメド・アリだ。風貌は厳ついが、サーブ・アンド・ボレーを得意とするプレースタイルは、パワーショットのみならず繊細なタッチが魅力的。また、やはり外見のイメージを裏切るソフトな語り口と屈託ない笑顔に、いわゆる“ギャップ萌え”するファンも多いとか。

フアンマルティン・デルポトロ(アルゼンチン)23歳

~完全復活を目指すパワーテニスの象徴~

ファンマルティン・デルポトロ ファンマルティン・デルポトロ

2009年の全米オープンでフェデラーを破ってグランドスラム初優勝を果たしたデルポトロは、次代の王者候補筆頭として名乗りを上げた。198cmの長身と長い手足で爆発力のあるショットと圧倒的なリーチを誇り、その身体的アドバンテージを武器に繰り広げるテニスに、誰もが究極のパワー時代を予感したものだ。ところが、翌年は手首を痛めて戦列を離れ、最高で4位だったランキングはブランクの間に257位まで落ちた。時に指摘される精神的な脆さのせいか、復活には苦しんだが、今年1月にようやくトップ10にカムバック。3年前にフェデラーを倒した時の自信と安定感がよみがえれば、今も次の王者候補の一角であることは間違いない。

体は大きいが顔はやさしげで、ダメなときは背中を丸めて弱々しく去っていく姿など、どうも憎めない。なお、錦織は2度対戦してまだセットを奪ったことがない。最初の対戦は錦織が18歳で快進撃を遂げた2008年全米オープンの4回戦だった。リベンジのチャンスが待ち遠しいが……。

ヤンコ・ティプサレビッチ(セルビア)27歳

~危険な香り漂うセルビアのナンバー2~

ヤンコ・ティプサレビッチ ヤンコ・ティプサレビッチ

グランドスラムではベスト8が最高だが、常にトップを脅かす危険な選手といえるだろう。2008年の全豪オープンで当時世界1位のフェデラーを崖っぷちまで追い詰め、ファイナル8-10という接戦を演じたが、あれで危険度を一気に高めた。これまでフェデラー、ナダルには勝ったことがないが、ジョコビッチには1度、マリーには3度勝っている。そして何より錦織にとっては、5度対戦して全敗という苦手な相手なのだ。

試合中はサングラスでポーカーフェースを貫き、腕や背中にはタトゥー、眉尻にピアスとテニス界では群を抜くワイルドなファッションセンス。そのタトゥーが日本語ということで日本のファンの目もひいた。気になるタトゥーの文字だが、腕には「美しさは世界を救う」、肩甲骨には「天分の人」。なんでも前者は本人が少年時代から愛読するドストエフスキーの『白痴』の一節だというから、なおさらこの人を理解するのが難しくなる。それはさておき、すごみのあるボディーは見かけだけではない。鍛えられた肉体は高い運動神経を宿し、スピード感のあるテニスで今日もトップを脅かす。

ダビド・フェレール(スペイン)30歳

~体格補うフットワークと粘りで得た〈壁〉の称号~

ダビド・フェレール ダビド・フェレール

フェレールという名前は、錦織が最初にブレークした2008年に全米オープンの3回戦で破った相手として、それまでテニスにあまり詳しくなかった人の記憶にも残ったかもしれない。当時4位だったフェレールからの勝利は、まだ126位だった錦織が初めてトップ10から手にした大金星でもあった。しかし、〈ビッグ4〉にぴたりとつける5位を昨年夏あたりから維持してきた実力派は、錦織に対しても、昨年の楽天オープンでの対戦できっちりと借りを返した。

トップ60の中では一番小柄な175cm。体格的に恵まれていない日本選手もお手本にしたいタイプだが、驚異的なフットワークと強烈なスピンを効かせた粘り強いグラウンドストロークを支えるフィジカルは、簡単に真似できるものではないだろう。今月ついに30歳となったが、「スペインの壁」とも称される頑強なテニスで初のグランドスラム・タイトルを狙う。

ミロス・ラオニック(カナダ)21歳

~一国の副大統領を叔父に持つ超ビッグサーバー~

ミロス・ラオニック ミロス・ラオニック

196cm、90kgの大きな体から放つサーブは最速で230km/h。錦織が2008年に選ばれたATPアワードの〈新人賞〉を昨年手にした期待の若手だ。昨年の全豪オープンで当時152位ながら予選からベスト16まで勝ち上がり、脚光を浴びた。人々がさらに驚いたのがその血統。なんと叔父はモンテネグロの副大統領なのである。
迫力満点のテニスは少々荒削りなのが難点だったが、昨年あたりからはミスを減らしてショットの精度を高め、それとともにランキングもぐんぐん上昇。トップ30の壁を初めて破ったのは、まだ20歳だった昨年の4月だった。一つ年上の錦織の初のトップ30入りは昨年11月だったから、それまで錦織の先をいっていたわけだ。7月に臀部(でんぶ)の手術を受けて約3カ月戦線離脱したが、復帰後は好調で、2月には自己最高の24位をマーク。近い将来のトップ20入りは確実と見られている。今年すでにチェンナイ、サンノゼと2つのツアータイトルを獲得。昨年のサンノゼと合わせて3つのツアータイトルも、やはり錦織を上回っている点のひとつだ。

バーナード・トミック(オーストラリア)19歳

~いつの時代も欠かせない悪童キャラは彼にお任せ~

バーナード・トミック バーナード・トミック

数々のグランドスラム・チャンピオンを誇るオーストラリアが、近年最も期待を寄せてきたのがこのトミックだ。2009年、まだ16歳の時にワイルドカードをもらった全豪オープンでグランドスラム初勝利を挙げ、昨年は3回戦に進出。大舞台に強く、地元の期待にしっかり応えることができるのは精神力のなせる業か。また、昨年のウィンブルドンでは予選から勝ち上がってベスト8入りを果たして大ブレーク、そのころ158位だったランキングは4カ月後にはトップ50を切り、今ではトップ30も目前だ。
19歳という若さに似合わず巧妙なプレーが持ち味で、緩急を織り交ぜながら独特のペースを作り、相手のリズムを崩すのが実に巧い。ステージパパの父親は座っているだけで凄みがあり、その言動は何かと問題にもなるが、そんな父親の影響もあってか、ジュニアのころから高慢な態度も今や“ウリ”の一つである。交通違反や警察とのもめ事などオフコートでのゴシップにも事欠かない。


ライアン・ハリソン(アメリカ)19歳

~キュートな容姿で女性ファンも多い新星~

ライアン・ハリソン ライアン・ハリソン

次のスターを待ちわびるアメリカに、やっと期待に応えてくれそうな若者が現れた。錦織と同じフロリダのIMGアカデミーに拠点を置き、2008年には16歳以下でツアー白星を挙げた史上11人目の選手となり、一昨年はアメリカ人として9年ぶりにトップ20の選手を破るなど、印象的な実績を重ねて今や世界ランクは自己最高の58位。正確で力強いヒッティング能力はベースラインでもネットでも発揮する。
父親もテニスプレーヤーで、ハリソンが11歳のときに故郷の大会の決勝で戦ったことがあるという微笑ましいエピソードも。また、祖父は40年代にアメフトのオールアメリカンにも選ばれた一流選手。アスリートとしての血筋に不足はない。
15歳のときに大阪で行なわれた世界スーパージュニアテニス選手権大会で優勝。独特のマッシュルームカットがかわいい大会史上最年少チャンピオンだった。あのとき、大阪のファンが〈先物買い〉で手に入れたサインの価値はまだまだ高くなるに違いない。


グリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)20歳

~トップ10にもっとも近いと言われる潜在能力~

グリコール・デミトロフ グリコール・デミトロフ

まだ世界ランク85位と聞いて侮ってはいけない。男子では珍しいブルガリアの新鋭は、時速200km/hを超えるサービスと安定感のあるグラウンドストロークを軸に隙のないコートカバー力を誇り、「若手でトップ10入りが一番早いかも」とまで評価する声があるほどなのだ。昨年8月にはトップ50内も間近というところまでいっている。
ジュニア時代はウィンブルドンと全米オープンのタイトルを獲得し、現在のトップ100の中ではトミック、ハリソンに次ぐ若さ。グランドスラムは2回戦を突破したことがないが、マイアミでは世界7位のベルディハを破り、初めてトップ10からの勝利を挙げた。しかしそれ以上に最近ディミトロフの名をより有名にした出来事は、元女王セリーナ・ウィリアムズとの恋の噂だ。セリーナがディミトロフの試合を応援したり、パリでランチデートしたりする姿が目撃されている。ロマンスがあるかどうかは別として、セリーナとそんな親しい付き合いができるだけで、器の大きさを感じさせるのである。


※ランキング、年齢は2012年4月23日現在

情報提供:テニスマガジン