上海ATP1000特別レポート1
shanghai_masters_20101014.jpg楽天ジャパンオープンの翌週は、10月11日から上海でのATP1000大会上海マスターズ」。現地からの特別レポートでお届けします。
 大会3日目は、アンディ・ロディックアンディ・マリーラファエル・ナダルロジャー・フェデラーがセンターコートにそろい踏みし、第2コートではロビン・セーデリングニコライ・ダビデンコ(降雨のため、後にセンターに移動)などが出て来るというさすが「マスターズ」という豪華さだったのだが、選手たちにとっては異世界と呼ぶべきアジアでの3連戦の最後、しかもハードコートで3週連続というのはやはり身体には相当タフなようで、それぞれに明暗を分けた。


 ツアー最終戦である「マスターズカップ上海」からスライドする形でATP1000大会となったのが上海。観客達も豪華な顔ぶれにもはや慣れてしまっているのか、先日の有明とは違って出足はのんびりとしたもので、第1試合の時点では空席ばかりが目立つという状況だった。
 しかし、センターコートは約15,000人収容、外のコートでも豪華なカードがやっているわけで、空席の数ほどには全体の観客数が少ないというわけではない。例えば、全米の平日のセンターコートは、よほどのことがなければ埋まりはしないと思い出せば合点もいく。
 さて、ナダル、フェデラーは最終2試合(結局、降雨のため本当の最終試合は第2コートから移動してきたダビデンコの試合となったのだが……)に登場予定となっていて、それぞれNB17:00(17時以降の開始)、NB20:00となっていた。この頃には観客席も半分は埋まり、賑やかさを増していた。
 ナダルの相手はスイスのスタニスラス・ワウリンカ。過去の対戦では6戦無敗という相性のいい相手ではあったが、3週続けての出場で疲れが心配されていた。
 だが、乗っている時というのは、どうも疲れの出方が違うのかもしれない。昼間の間も練習コートで汗を流し(中国人ファンも東京のファンと同じく人だかりを作って見物していた)、試合に登場した彼からも、疲れの類いはいっさい感じられなかった。むしろ、ボールの伸びそのものは今夜の方がいいのではないかと感じたぐらいだ。
 ナダルは、「まあ、精神的な疲れはあるけど、それはこの時期ならいつものことだし、幸い今は身体には何の問題もない。テニスっていうのはそういうスポーツで、決して終わりはない。だから、僕も大丈夫だよ」と、疲れについて聞いた質問に対して、まるで諭すような口調で話した。「何ヶ月か前の方が精神的には疲れてたよ。そう思えるのは、先週勝てたのが凄く大きいんだと思う」。彼にとっての東京での優勝は、様々な意味でプラスに働いているようだ。「バンコクでもそうだったけど、みんなが本当に僕のことを応援してくれてるのを感じた。だから、僕はそれに応えたいと思って、もう少しだけ頑張れるようになるんだ。それはすごく大事なことだし、大事でないものなんてないんだと思う」とナダルは言う。別の選手が言えば、ちょっと嘘くさく感じるぐらい出来た台詞だが、ナダルが言うとその重みが増す。何しろ彼は本当に頑張ってみせてくれているのだから。
 この日のワウリンカ戦も実は、有明の準決勝と同じく、天井が閉められたインドアの環境だった。相手のワウリンカにはこれまで無敗とは言え、この条件であれば、何が起きるかわからない。「ワウリンカを相手に簡単に試合を終わらせるなんて不可能だよ。彼は凄く凄くいい選手で、結果がストレート勝ちだったのはたまたまだよ。今日は僕にとって本当に難しい日だったんだ」とナダルが言ったのは、恐らく本音だったんだろうと感じた。
 第1セットこそ先にブレークしたら、後は自分のサービスをキープするという計算通りのシナリオで、ナダルが先行する形だったが、第2セットに入ってからは、ワウリンカが捨て身の攻勢に出て来た。ある時はネットにダッシュし、またある時はベースライン上に留まって敢えてリスクを取り、ラリー抜きで無理矢理ライジングで叩く一発狙いを繰り返したのだ。もし、ワウリンカの取ったリスクが、ミスをせずに決まり続けていたら、あるいは、ナダルのボールが彼のリスクを低くする形で甘くなっていたら……。
 ナダルの言う通り、簡単な試合ではなかったと言ってもいいのだろうと思う。難しい試合を、一見簡単そうに終わらせる。ナダルは本当の意味でのナンバー1としての戦い方ができつつあるように思った。
 センターコートに続いて登場したのはフェデラーとジョン・イスナーだった。フェデラーは上海ではお馴染みと言っていい選手で、マスターズカップ時代を含め、過去4回の優勝を誇る。
 当然、上海のファンはフェデラーびいきのようだった。登場時の歓声は現ナンバー1のナダルよりずっと大きく、「フェデラーは永遠に僕たちのナンバー1」という垂れ幕も見えた。フェデラーの一球一球に歓声が沸き、フェデラーもそれに応えるようにプレーのレベルを上げていった。
 ナンバー1時代から、毎年のようにやって来て、しかも強いテニスを見せつけて来た。彼とファンとの間には幸せな歴史がある。毎年、この時期になると疲労困憊(ひろうこんぱい)でまともなプレーができなかったナダルより、フェデラーの方が好き、というファンが多いのも無理はないだろう。USオープンの後、約2ヶ月の沈黙を破って出て来たのが上海。彼が再始動する場として選んだのが、幸せな思い出の多いこの地だった、と思えば色々と納得できる気もする。
 ファンや大会との幸せな関係。世界中を巡る選手たちにとって、それは案外非常に大切なことなのかもしれない。そう感じた。
※写真:試合の間には照明が落とされ、光のショーが。昔の日本でも流行しましたが、久々に見ました。クリックで拡大。
(取材/浅岡隆太・Text/Ryuta ASAOKA)