上海ATP1000特別レポート2
shanghai_masters_20101015.jpg ATP1000上海の正式名称は、「ロレックスマスターズ上海」。その名の通り、大会の冠スポンサーは、高級時計ブランドのロレックスだが、他にも多くのスポンサーが協賛している。
 面白いのは、海外ブランドでも必ず漢字が当てられているということ。ロレックスは「労力士(正確には労の字は違う字ですが、=写真を参照してください)」選手の名前もラファエル・ナダルが「拉菲尔·纳达尔」など皆、漢字名があるのだが、音から字を選んで当てているのは日本語のカナと同じやり方だとしても、誰があの漢字を選んでいるのかは不明。恐らく初めて出た大会で、代表的な報道機関か大会自身が決めているのだろうとのことだった。


 我々日本人は恐らく、漢字の表記があるとつい、漢字の方に目が行きがちになると思うのだが、まずは簡体中文の字は逆に我々には馴染みがなさすぎて読めない字が多いこと、そして、勝手に予想すると外れていたりすることがあるので注意が必要かもしれない。英語表記の方が分かりやすかった、などという笑えないことも少なくないからだ。例えば、「小心地滑」と書かれた看板が会場内のあちこちにあるのだが、この字だけを見ると、「なんだ? ここは足場が悪いのか?」と思うかもしれないが、単に「雨の日は床が滑りやすいのでスリップに注意」という意味で、この手の看板は階段などの近くに立ててある。
 ところで、今夜はナダルがユルゲン・メルツァーに負けてしまった。さぞや落ち込んでいるだろうな思っていたら、試合後のナダルは妙に晴れやかな表情で現れた。予定されていた記者会見の時間になってもなかなか現れず、20分ほど遅れてやって来たのだが、すっかり服装も髪型も整えて、敗戦後という雰囲気は皆無。これからどこかに食事に行くのだけを楽しみにしている、というぐらい、何事もなかったような気軽な表情だった。はっきり言えば、開放感に溢れた感じと言ってちょうどというところだろう。彼もやはり疲れていたのだと素直に感じた。
 今日のメルツァーは絶好調だった。彼に言わせると「前回の対戦(全仏)で、ナダルとの戦い方が何となくわかったので、それを実践してみた」ということなのだが、それが「早くボールを捕えて返すこと」だったのだという。つまり、ナダルとのラリーを避け、先手先手で攻め続けて行くというやり方だ。
 ただし、このナダル対策は以前から多くの選手がトライして、うまく行ったり行かなかったりしたやり方。直近では夕べ、スタニスラス・ワウリンカが失敗している。
 メルツァーは選手の間で「あいつはうまい」と言われる選手なのだと聞く。どんな競技にも、ランキングや実績などに関わらず、「●●君はうまい」という評価をされる存在がいるものだが、メルツァーがまさにテニス界のそれなのだという。
 そんなメルツァーが最近本気になっている。年齢的にキャリアの終わりを意識しないではいられなくなってきたことや、精神的な成熟という側面もあるのだろう。今日、彼がナダルに勝てた要因は、雨天でインドアになったことや、ナダル自身の疲れ、それと比較してフレッシュな状態でいられたメルツァー自身の調子の良さなど、様々な要素が絡み合ってのことだろうと思うが、メルツァーが本当の意味で大人になってきた、という点をここでは強調して考えてみたい。
 技術やパワーだけで選手は強くなるわけではない、というのが対戦競技であるテニスの特徴でもあるが、メルツァーの最近の活躍を見るにつけ、改めてそれを思う。ナダルの年齢の割に分別臭い物言いや、対していつも落ち着いて見せているフェデラーが時折ムキになった時に見せる子供っぽさなど、様々な場面で見せてくれる彼らの人間性は、やはりコートの中でも現れて来るのだと感じるのだ。
 正直に言って、季節外れのこの時期は、番狂わせも少なくない。今回もその中の一つに過ぎないかもしれない。全ての選手が自分を極限状態に追い込むグランドスラムでは、そのポテンシャルの総量の差がそのまま出てしまうが、時期外れならそれにはさすがにバラつきも出てくる。場合に寄っては、勝ちたい気持ちの強さ、心身のフレッシュさ、気分転換のうまい下手や、大会自体の好き嫌いなどが上位選手との差を埋めてしまうこともあるのだろうと思う。ナダルは東京ではうまくそれが調整できたようだが、ここ上海ではうまく噛み合ない何かがあったのだろう。
「事件は会議室で起きているわけじゃない」という名台詞があるが、「テニスはオンコートで起きていることだけが全てじゃない」ということなのかもしれない。上海の大会は、明日もまた続く。
※写真:大会名にも漢字が当てられる。クリックで拡大。
(取材/浅岡隆太・Text/Ryuta ASAOKA)