ジョコビッチの登場が、テニス界の色々なことを変えた。その理由に迫る2部構成のコラムの第1話「エンターテイメント性が問われる時代になったテニス」。
それまで東欧出身の選手というと、技術的には凄いものを持っていても、どこか地味な印象というのが普通でしたが、今では彼がその印象を一変させたと言ってもいいでしょう。
そのキッカケになったのは、2007年頃に彼が観客の前で見せ始めた物真似。これは選手のロッカールームでの様子を中継局が積極的に流す、全仏での映像が最初だったように思います。
全仏の中継では選手をカラオケルームに見立てた部屋に呼び、そこで歌ってもらうという企画を以前からやっていて人気です。そこに呼ばれたジョコビッチは、コートの上の印象とは違う意外なエンターテイナーぶりを発揮し、それが爆発的に受けたのです。
男子テニスの人気興隆策と、ジョコビッチのキャラクター
選手の物真似を、現役の選手が、しかもトップの選手がやる。今までのテニス界の常識ではありえないことでした。
ATPは10年ほど前から、選手たちに対して「ファンには積極的にサービスを」と要請し、また、若手の選手たちを集めて教育してきてもいました。一時人気が低迷していたATPにすれば、スポンサーの獲得などの面でも人気興隆(こうりゅう)策はどうしても必要であり、選手たちも積極的に協力してきました。
ジョコビッチもその大きな流れの中で、以前なら恐らくは本当に身内のいる場所でだけやっていたようなことでも、ファンに喜んでもらえるなら見せていこう、という気持ちになったのではなかろうかと思います。また、元々の明るいキャラクター性を生かして、自分をアピールできるという意味もあったはずです。
コート上のエンターテイナーの系譜(けいふ)を受け継ぐジョコビッチ
マラット・サフィンを尊敬し、自分のアイドルだったと話す選手は少なくありません。フランスのモンフィスやツォンガなどもそうです。そして、ジョコビッチもその一人です。ジョコビッチが私費を投じ、また、その人脈をフルに生かして母国セルビアに誘致したATPツアー、「セルビア・オープン」のスーパーバイザーに、引退したサフィンを招聘(しょうへい)するなど、今もその関係は続いています。
サフィンはそれまでのロシア人選手のイメージを大きく変えた選手という意味でも、大きな存在でした。旧共産圏出身の選手にあった固いイメージや、生真面目なイメージを、彼の奔放(ほんぽう)さや、野方図(のほうず)さが覆してしまったと言ってもいいでしょう。
そんなサフィンの信念の一つが「自分たちのテニスはショーだ」ということだったことも、大きな影響力があります。「休日を潰してテニスを見に来てくれる観客に楽しんでもらえたか」。サフィンはそれを常々気にし、口にもしていました。コート上では常にエンターテイナーであろうとした選手。それがサフィンでした。
彼の影響を受けた選手たちは、真剣勝負の中にもユーモラスさだったり、自分たちの感情を表現したりします。観客に対してスーパープレーの感動だけではない、プラスアルファの何かを表現しようとするのも、自然なことかもしれません。
かつて、ガッツポーズを連発して観客を巻き込んで戦ったのがジミー・コナーズで、審判に抗議するシーンでさえエンターテインメントに変えたのがジョン・マッケンローでしたが、サフィンもまたその一人だったと言ってもいいでしょう。そして、彼らが残した影響は今、ジョコビッチたちに受け継がれているのです。
続きは、近日公開です。