クルム伊達公子
ロンドン郊外で開催中のウィンブルドン選手権は27日に男女2回戦を行い、クルム伊達公子がアレクサンドラ・カダントゥに6-4、7-5で勝利。今年の全豪オープンに次ぐグランドスラム3回戦進出を果たすと共に、オープン化以降では、同大会3回戦に進出した最年長選手となった。

試合中に何度も飛び出した「カモン!」の叫びが、この日の苦しい戦いを象徴していた。スコアはストレート勝利で、試合時間は1時間25分。だが試合の真実は、数字よりも遥かに厳しいものだった。

この日の対戦相手のカダントゥは、初戦でシード選手を破った勢いのある23歳。クルム伊達とは初対戦だが、迷いなく全力でぶつかってきた。対するクルム伊達は、データを集め明確な作戦を持って試合に挑んでいた。

「彼女は守備が良く、全てのショットでスキのない選手という印象。特に、深い位置で腰より高いボールを打つのが得意。横への動きはしつこいので、前後に揺さぶりたいと思っていた」

だからこそ序盤からドロップショットを多用したが「今日はドロップショットのフィーリングが無かった」と本人も認める通り、打ってもなかなか決まらない。そこで素早く作戦を変更。低い軌道でのバックの打ち合いなら分があると踏み、相手が得意であると知りつつも「あえてバックにボールを集めた」と言う。だが、強打の打ち合いでは相手のボールに差し込まれる場面が目立ち、2-4とリードを許す。

そこで「途中から『これはダメだ』と思い、フォアでの打ち合いに切り替えた」。この作戦が、ピタリと奏功する。相手のダブルフォールトにも乗じてブレークバックに成功すると、4ゲームを連取し第1セットを逆転で奪取。プランAがダメならプランB、それもダメならプランCと戦略を切り替えられる柔軟性と戦術眼、そしてあらゆる策を可能せしめる圧倒的な技術力が、相手の勢いとガッツを封じ込めた。
 
第2セットは、互いにサービスゲームをキープする展開から、先にクルム伊達が抜け出し5-4でサービング・フォー・ザ・マッチ。ここは相手の開き直りに押されて落とすも、続くゲームではフォアの鋭角のクロスを立て続けに叩きこんで、再びブレークに成功する。そして次のゲームでは、先ほどと同じ鉄は踏まなかった。ファーストサーブを確実に入れ、ボレーでまずはポイント先行。最後はフォアの強打で相手のミスを誘い、この日一番の「カモン!」を高らかに叫んだ。

「再チャレンジを始めた時は、こんな日が来るとは想像出来なかった。今の年齢、状況で3回戦まで来られたのは奇跡的」

グランドスラムの中でも「最も思い入れが強い大会」での3回戦進出を、クルム伊達は素直に喜ぶ。自身すら驚く奇跡を起こし、世界中に衝撃と感動を与える42歳。そんな彼女が次に相まみえるのは、女王セリーナ・ウィリアムズだ。

「今の彼女は、本当に強い。なかなか勝つイメージは湧かないが、42歳でどんなプレーができるか試してみたい。それでふっ飛ばされたら、笑って終わるしかない」

クルム伊達がそうセリーナを称えれば、女王は「公子のことは本当に尊敬しているし、彼女は多くの選手を刺激してくれた」と深い敬意を表する。さらに、2年前のセンターコートでクルム伊達が姉・ビーナスを追い詰めたことに触れ「あの試合を見たせいで、私の寿命は4年は縮んだわ!」と笑いつつも、「ビーナスからアドバイスをもらう」と目は真剣そのものだ。

セリーナとの戦いの舞台は、テニス界で最も栄誉あるセンターコートが予想される。2年前、英国紙に『マダム・バタフライ』と称賛された東洋の蝶が、テニスの聖地で、再び舞う。

写真は、3回戦進出を決め、笑顔を見せるクルム伊達公子
Photo by Hiroshi sato