全豪オープンジュニア単複ベスト4進出という戦績を掲げ、石井さやかが3月21日、17歳でプロへ転向する。

20日には横浜市内の株式会社ユニバレオ社内で、所属契約の記者会見に臨み、初めは緊張した面持ちながらも、父親である琢朗氏(横浜DeNAベイスターズチーフ打撃コーチ)とともに、笑顔を見せつつの会見となった。

5歳でテニスを始めた石井は、9歳の時に観戦に訪れたウインブルドンでプロへの道を決意した。15歳にして18歳以下の全日本ジュニアテニス選手権にて優勝すると、IMGアカデミーへテニス留学し、腕を磨く。昨年は世界スーパージュニア準優勝、国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング・カップ」の日本代表メンバーに初選出されている。

夢は「グランドスラム優勝です。自身はあります」と言い切る石井は、これまで「石井琢朗の娘」と言われることがほとんどだったが、「これからは、石井さやかのお父さんが野球選手だったと言ってもらええるようになりたい」と意気込む。

同席した琢朗氏は「34年前の大洋ホエールズの入団会見を思い出し、感慨深い」と娘の成長に喜びつつ、「やっとスタートラインに立てた。これからは自分の実力で勝ち取っていかないといけない世界、父親としては、元プロアスリートとしてサポートしつつ、いちファンとして応援していきたい」とエールを送った。

憧れの選手を問われた際には、元世界1位のカロリーナ・プリスコワの名を挙げるとともに、「あと、お父さん。すごい努力をする人、尊敬しています」という。その父に教えてもらい、今もそれを胸に戦っているという言葉が「おいあくま」だそうだ。

お→怒らず
い→威張らず
あ→焦らず
く→腐らず
ま→負けるな

という意味があり、自分の帽子の裏側にこれを書いて戦っていたこともある。

希望に満ちたプロ生活をスタートさせる石井のデビュー戦は、来週行われる「甲府国際オープンテニス」だ。コーチに子どもの頃に指導を受けた濱裕一郎氏、横浜DeNAベイスターズのトレーナーを務めた林優衣氏を迎え、世界を回る。

父の琢朗氏は、「正直、テニスをなめていました。野球は一人のミスを全員でカバーできますが、テニスは一つのミスが自分の結果に跳ね返るシビアでタフな世界」と、娘が進もうとしている道を評する。

昨年の10月、世界スーパージュニアテニス選手権大会で、自分の試合が終わった後、日暮のコートでひたすらサーブの練習をする石井の姿を見た。

今は、記者を前に話すこともまだ拙い。テニスも器用な技で相手を翻弄するわけではない。しかし、自分の信じたことをやり続け、ものにしていく実直なメンタリティが彼女にはある。

父が言う「シビアでタフな世界」をどう進んでいくのだろうか? その成長物語を楽しみにしたい。

取材・写真/保坂明美