以前の記事に「テニスは問題解決能力を競うスポーツ」であると記載したことがある。特に「車いすテニス」の選手は、身体機能上できないことがある。
残された自分の身体機能を限りなく最大限に使うことができるほど、可能性が広がってくる。
時代の流れから、今の世界トップ10の現状で「完全脊損者」はいない。
不全脊損や切断、人工骨などの選手達が世界のけん引役を占めており、障害機能が少なければ少ないほどトップに上り詰める可能性が高くなっている。この勢いであれば、近いうちに不全脊損もいなくなるように思う。
また、技術レベルもこの3年間で、格段に変わってきています。特に「攻撃力」に関しては、車いすを高くして、高い打点からの攻撃力をつけている。
また、サービスに関しては「140キロ」が速いといわれていた時代が過ぎ、160キロ以上のスピードで打つ選手も現れた。
それに対応し、更に上をいく技術を身に着けていかなければならない。
今年のオーストラリアオープンで国枝選手は新たな技術を引っ提げて完璧なる勝ちっぷりで優勝した。それは単純な技術ではあるが、他の選手がやらないことを完璧にやり遂げたからである。
どの国のトップ選手も2月から3月にかけてトレーニング期間を置いている。
国枝選手がオーストラリアで見せた新たな技術は、ローランギャロスまでのたった4か月間に他の選手がある程度のレベルまで出来ていたことに驚愕した。
勿論、それに屈することなくさっそく次の手を考える。
新たな技術を身に着けるためには、「できない理由を考えるよりも、できることから始めること」が必要。
やりたいことや、やってみたいことに対して妨げる根本的な要因を見つけ、それはテクニカル的な要素のみならず、フィジカル的にも解決していくことが必要であり、タクティカル的には、「成功体験」が使う勇気を生み出すため、「使える!」と思えるレベルまで繰り返す。
ここまでなるには、日々の葛藤や試行錯誤を繰り返す中で学びながら研ぎ澄ましていく。
だからこそ、日々の練習管理や自分管理をしっかりしておかなければ、ありとあらゆる努力が無駄になってしまう場合がある。
それだけ、「日常」とは貴重な資源ということなのだ。
このように、問題解決をした後は「自信」が生まれてくる。
自分を信じることは「迷いが無い」。迷いがあるうちはたいしたことはしていない。
ある程度「迷う時間」も大切だが、迷うことに時間を使うよりも「やれること」や「できること」に眼を向けていった方が賢明なのではないか?
そんな気がするのは私だけでしょうか・・・