錦織圭(テニス)

錦織圭(テニス)有明コロシアムおよび有明テニスの森で開催中の楽天ジャパンオープンは、6日にシングルス準決勝が行われ、錦織圭マルコス・バグダティスを、6-2、6-2、試合時間1時間で破り決勝進出を決めた。1973年にジャパン・オープンがATPツアー大会になって以来、日本人選手の決勝進出は初。

もう一つの準決勝では、連覇をかけたアンディ・マリーを、21歳のミロス・ラオニックが2時間46分の熱戦の末にフルセットで破った。

「明日も、今日のようなプレーをしたい」準々決勝でトマシュ・ベルディハを破った後の会見で、錦織はそのように口にしていた。

その誓いは、果たされた。いや、それ以上であった。錦織の強さには、観客もただただ感嘆の声を上げるしかない。強烈なスピンをかけたフォアの強打が、ことごとくコーナーを捉える。ボールが弾むや否や潰すように放つバックのストロークは、一直線にコートを切り裂いた。それらの強打をくさびのようにクロスに打ち込みつつ、思いもよらぬタイミングでストレートに展開する。フットワーク自慢のあのバグダティスが、呆然とボールを見送ることしかできない……そのような場面が、まるでリプレイのように何度もコート上で繰り返された。

ストローク戦で優位に立てれば、精神的な余裕も生まれる。相手のサーブを叩くとそのままネットに詰め、鮮やかにボレーを決める。気持ちも足も、前へ前へと向かっていった。第1セット3-2のゲープポイントでは、ストロークで相手をベースライン上に釘付けにし、絶妙なタイミングでフォアのスライスをネット際に沈める。柔らかなタッチでボールを放つと同時に、錦織は決まったことを確信したかのように、すっとネットに背を向けた。

トイレブレークを挟んだ第2セットでも、流れは変わらないどころか、むしろ加速するようですらあった。サービスゲームでは、ワイドへのスライスサーブで相手をコートから追い出し、オープンコートに強打を叩きこむ。機を見てサーブ&ボレーに挑み、しなやかなボレーを決める。第2セット2-0でのバグダティスのサービスゲーム。錦織に2本連続でフォアのウィナーを決められた時、バグダティスはふてくされたかのように、コート上にしゃがみこんだ。その次のポイントでは、ダブルフォルトでブレークを献上。「神がかった」とすら形容したくなる錦織のプレーが、かつての全豪準優勝者の戦意を、粉々に粉砕した瞬間だ。

「この大会では、これまで緊張などもあり良い結果が出ていなかったので、正直、信じられない気持ちもある」

そう言いながらも、錦織の表情は落ち着きはらい、どこか達観すらしているようである。

「満員のファンの前でプレーできるのは、本当に幸せなこと。日本での初の優勝を目指し、明日のチャンスをものにしたい」

最後まで口調も表情も穏やかだ。だがそれが錦織の、最高の臨戦状態である。

その錦織と決勝で相まみえるのは、第1シードのアンディ・マリーをフルセットで破った、ミロス・ラオニック。誰もが認めるラオニックの武器は、時速200キロを楽に超える高速サーブ。それも単に速いだけでなく、スライスやスピンなどあらゆる種類を、状況に応じて打ち分けるのだから、対戦する方はたまらない。

ツアー最高のリターンを誇るマリーですら、この日ばかりはその武器の餌食になった。しかもラオニックはサーブだけでなく、度胸までもが超一流だ。第3セットの5-6の場面では、ダブルフォルトで相手にブレークポイントを献上し、マッチポイントに追い込まれる。

だがこの場面でラオニックは、ワイドに高く弾むキックサーブを打ち込んだのだ。マリーも伸び上がるようにしてなんとか返すが、ラオニックは既にネットに詰めている。マッチポイントを2本しのいだ後のタイブレークでは、リターンからも果敢にネットに詰め、マリーのストロークを封じ込めた。

錦織とラオニックは、明日の決勝が初の対戦。最強のサーブ対最高のリターン。それは斬るか斬られるかの真剣勝負である。テニスの醍醐味が凝縮された死闘が、有明コロシアムで展開されるのは間違いない。

そしてその中に、錦織圭が居る。それは日本の全てのテニスファンにとり「本当に幸せなこと」だ。

写真は、楽天ジャパン・オープンの準決勝で、マルコス・バグダティスをストレートで下し、決勝進出を果たした錦織圭

photo by Hiroshi Sato