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私の経験で知る限りだが、世界ランキングを持つ選手にとって、最も魅力的で、一番あこがれる大会、そして最も残酷な大会がフレンチオープンだ。
ローランギャロスのアンツーカー(赤土のコート)のことを「生き物だ」という選手もいれば、「悪魔が住む」という人もいる。赤土は、雨がふれば水分をふくんで重くなるし、晴天が続けば乾燥してボールが高く弾むようになる。足元の滑り方だって、気温や湿度によって大きく変わってくる。おまけに、6月のパリの天気は変わりやすい。そして球足が遅く足元が滑るクレーはただでさえラリーが長くなる。体力もバランス力も、そしてポイントを組み立てる技術や戦術理解も、より高度に必要になる難しいコートだ。
それが、パリの気まぐれな気候によってつねに変化し続けるというのだから、選手はとてつもない忍耐力や適応能力が求められる。だからこそ、選手のテクニックやフィジカルだけでなく、性格や本性、根性などの人間性が丸裸になる! 観戦をする際も、それらが見られるから、全仏はとてつもなく面白いと感じるのだ。
赤土の悪魔も恐れるジョコビッチ
そういう視点から見てみても、今大会の男子決勝まで勝ち上がったラファエル・ナダルとノバク・ジョコビッチのふたりは、あらゆる意味で完璧に近いアスリートなのだと、改めて驚き感激した。とくにジョコビッチは、決勝にいくまでに何度も「もはやこれまでか!?」という窮地に追い込まれながら、そのつど驚異的な適応能力とメンタルの強さを発揮して逆転してきた。
例えば4回戦の対アンドレアス・セッピ戦は、クレーが「生き物だ」ということを感じさせられた試合だった。この試合の日、パリは朝から雨が降っていたためコートはかなり湿っていた。ところが試合直前になり、太陽が照りだしクレーが急激に乾いていった。そのため、コートは重いサーフェスに乾いた砂が振りかけられたような状態になり、滑りやすくなっていたという。現に、この日のジョコビッチは、何度も足を滑らせ思うように動けていなかった。一方のセッピは、このような状態のコートにも慣れていたのだろう。滑るジョコビッチを尻目にドロップショットを決めるなど「これぞ土屋(クレーが好きな選手)!」というプレーを見せつけていた。
ところが、ここで終わらないのが、真のトップ選手の恐ろしいところだ。2セットダウンしながらも、コートに慣れてきたジョコビッチが逆襲を開始し、結果は逆転勝利。2セットダウンの状況からも集中力切らさず、難しいコートの状況に順応する能力は、常人の想像なんて遠く及ばない領域である。赤土に住む悪魔すら、ジョコビッチの前には恐れをなしたようだ。
ローランギャロスに愛されるナダル
だが、そんなジョコビッチですら、決勝戦ではナダルのクレーへの高い適性と順応力、そして天の巡り合わせの悪さに泣いた。試合開始直後は、完全にナダルのペースだった。スピンを効かせたショットを深く深く打ちこむと、ジョコビッチは高く弾むボールを抑えきれずミスが増えた。やはりナダルのスピンは、赤土と相性抜群だ。
試合はナダルが怒涛の攻めで2セットを奪ったが、途中から霧雨が降りだすと、徐々にジョコビッチが息を吹き返す。ナダルは「ボールがかつてないほどに湿って重かった」といっていたが、やはり濡れてスピンのかかりにくいボールでは、よりコートのなかで叩きにいくジョコビッチに有利だったのだろう。
ところがその雨が結局は、試合を中断させてジョコビッチの流れを断ち切ったのだからおもしろい。決勝戦が再開された翌日は、序盤こそ小雨が降ったが、後半は太陽が照りつけナダルを後押しした。やはりナダルは、ローランギャロスに愛されているなと思った。
クレーでのナダルはメンタル100%
テクニックやフィジカルだけでなく、選手の性格や本性、根性などの人間性が丸裸になるクレーコート。全仏王者に求められるものは、「生き物」の赤土とも付き合い、飼い慣らす人間力なのかもしれない。ナダルは自分がクレーに強い理由をこう語る。
「僕のメンタルがクレーに合っているのだと思う。クレーはラリーが長いから苦しい場面も多く、戦術を考えながらプレーしなくてはいけない。つねに集中していることが、このコートでは大切だ。そして僕はプレーの調子がよくないときでも、メンタルは100%だった」
来年が待ち遠しいぜ!
記事:TENNIS.JP編集部 吉川敦文
写真:佐藤ひろし