~ジュニア時代からの計画されたトレーニングの重要性~
この連載もついに最終回を迎える事になりました。今回は、より良いコンディションを保つために必要不可欠で、近年注目されている“リカバリー”について話をさせて頂ければと思います。
練習や試合前では、ジュニアレベルでも、プロ選手が行っているファンクショナル(よりテニス動作に近い)なウォームアップが定着しており、そのアップを行うことによりパフォーマンス向上は勿論の事、障害予防が期待出来ます。
では、練習や試合後のケアはどうでしょうか? 簡単な整理体操を行う人はいますが、本当の意味で“リカバリー”を行っている選手はまだまだ少数なのが現状だと思います。
翌日の練習や試合だけではなく、シーズン全般、又は将来を見据え、リカバリー術を理解し、日頃から実践して頂ければと思います。
リカバリーとは?
”リカバリーとは?” 何かという事ですが、直訳すると、“回復”や“復旧”などという言葉が辞書には載っています。
テニス選手にとって何に対して回復や復旧をしなくてはいけないかというと、 ”練習や試合で起こる様々な肉体的、心理的なストレスから心身共に正常な状態に戻し、次の練習や試合に備える”という事です。
ベストパフォーマンスを発揮させ、また効率良い練習を行い、技術向上を目指す上で欠かせないのがリカバリー術であり、今回は、その中でも、6つの項目(水分補給、補食、入浴、呼吸、睡眠、リカバリーウェア)について話をしていきたいと思います。
リカバリー術
水分補給
我々トレーナーは、練習や試合前後の選手の体重計測をする事により、プレー中にどのくらい水分が選手の身体から失われているのか確認します。
一般的に知られている、水分量がプレー中の筋痙攣などに与える影響だけではなく、それ以外にも理解しなくてはいけないことが、練習や試合前後の体重減が2-3%見られた場合は、筋力低下、筋持久力低下、運動能力低下、そして心理的なパフォーマンスの低下といった現象が現れます。その日の活動は勿論の事、翌日の為にも体重減は十分注意しなければいけない要素になります。
水分補給方法は、体重減約0.5kgに対して、約500mlの水分摂取を行う必要があり、もし運動が1時間を超える場合は、糖質4-8%(炭水化物が活動をするための燃料になる)、運動が2時間を超える場合は、上記の糖質と塩分300-500mg(筋肉を動かすために脳から指令を送る)が必要になります。
プレー後に体重を測り、もし体重減が2-3%見られた場合は、
1)プレー中の水分が不足している事
2)翌日の活動に向けて、すぐに水分補給を行い、体重を元の数値に戻す事 を考えなくてはいけません。
最近では、各メーカーから軽量でコンパクトの体重計が発売されていますので、遠征先でも簡単に確認出来ます。私がトレーニングを担当しているプロテニス選手は、海外遠征中も常に体重をチェックして、リカバリーに努めています。
近年、プロスポーツ選手達にとって、“補食”が益々注目されています。トレーニングジムに行くと、”トレーニング後30分以内のプロテイン摂取が筋肉にとってのゴールデンタイム“などの張り紙が見られますが、ジュニアテニス選手にとっても、このプレー後30分以内が補食の鍵になります。
基本は、炭水化物とタンパク質の割合を3:1にします。炭水化物は、運動で使われたエネルギーの補充をし、タンパク質は筋肉作りの主成分になります。
ジュニア選手達は、コンビニエントストアを利用する事が多々あると思いますが、そこでお勧めなのが、焼き鮭おにぎり、焼きたらこおにぎり、納豆巻などは理想的な補食と言えるでしょう。
また、海外遠征時ではおにぎりなどは手に入りませんが、パンにハムなどを挟んだ食べ物でも十分応用可能です。
入浴
日本の素晴らしい文化の一つに、入浴があります。海外に行くと、バスタブが浅く中々ゆっくり浸かる事が出来ませんが、選手によっては、入浴剤を日本から持ち込んでいる選手もいるほど日本人はお風呂好きです。
入浴に関しては3つの生理的効果(温熱、静水圧、浮力)があります。まずは、温熱ですが、血管拡張による血行促進によって組織への酸素供給を増加させ、温浴(37-40℃)で、副交感神経が優位となり、心身ともにリラックス効果があると言われています。次に静水圧ですが、水圧による圧力で、下肢に溜まった血液が押し戻され、心臓を活発化し、血液の循環を良くしますので、疲労回復には最適です。最後に、浮力ですが、水の中では、人間の体重が約1/9-1/10程度に減少されるので、各関節に対する負荷が軽減されるだけではなく、脳への刺激も減少する事により、よりリカバリーを促進してくれます。このように、我々の持っている素晴らしい文化は、実はアスリートにとっても非常に効果的であると思いますので、活用しない手はありません。
呼吸
試合の大事なサービスポイントで、プロ選手がサーブを打つ前に息を大きく吐き、肩をリラックスしてから構えに入りますが、実は我々にとっては、“その行為”は非常に重要な役割を果たしています。人間は1分間に約15回、そして1日平均20,000回呼吸をしていると言われています。呼吸にとって重要な筋肉は肋骨内部に存在する”傘型“である横隔膜で、呼気時には横隔膜が上がり肺を押しつぶすように空気を出し、吸気時には、横隔膜が下に下がる事により、肺に空気を入れています。しかし、疲労時や緊張時には、この横隔膜を中心とした呼吸動作が上手くいかず、特に吸気時には肩が上がり、首の前面の筋肉や胸郭を中心に呼吸する癖がつき、リカバリーする時に必要な副交感神経が優位に働かなくなってしまいます。
そこで副交感神経が有利に働く呼吸法としては、仰向けになり、両膝を曲げた状態から、吸気時に息を鼻からゆっくり吸い、呼気時に吸気時より更に長く肩の力を抜きながら空気を吐き切る事を5呼吸程繰り返す事です。
睡眠
まだまだ多くの謎に包まれた睡眠ですが、基本的には3つの効果があります。まずは、日中の生活活動のためのエネルギー温存です。ジュニア選手は、通常の練習日には朝から夕方近くまで学校生活をし、その後クラブにて練習を行うと思いますが、長い1日を乗り切るためにどうしても活動する為のエネルギーが必要になります。次に、日中の生活活動における疲労回復です。試合日は、試合を行っている時間や待ち時間、または練習時間を含め、長時間に渡り活動をしています。その分睡眠をとって回復をする必要があります。最後に、睡眠時には、日中に活動をした事の記憶の定着(大脳の情報処理能力の回復)をしていると言われています。練習によって覚えた技術や戦術的な事を身体に染み込ませる事が必要です。
睡眠時間に関してですが、様々な意見があると思いますが、あるメジャーリーグ球団では、7-10時間を所属選手にリカバリーとして推奨していますが、重要なのは、リラックスした状態で睡眠の質を高めることにあると思います。
こちらは近年注目されているものですが、ゆったりとした着心地で着られるノンコンプレッションウェアで、採用されている特殊素材が、副交感神経を優位にして体力が回復しやすい環境を整えてくれます。練習や試合後の移動時に、そして部屋着や寝巻にと活用され、多くのプロアスリート達から信頼されています。しかし、基本彼らはこれらのウェアを着用し表舞台に出ることはありませんのでまだまだ知られていませんが、今後必要不可欠とされるアイテムになるものだと思います。
最後に
錦織選手のようなTOP10選手になる為には、トレーニングの要素だけではなく、技術、戦術、そしてメンタルな部分まで常にトップレベルを確立しなければなりません。もしそれらの要素を確立しても、相手あっての競技ですので、勝敗はどちらに転ぶか分からないのも勝負の世界の厳しさです。
しかし、各要素でやるべきことをしっかり詰める事が何よりも重要であると思いますし、その事が選手の成長の一番近道だと信じています。
ジュニア選手は、各アカデミーのコーチやトレーナーなど専門家のアドバイスをしっかり聞き、自身の目標に向かってどのような準備を行えばよいのか決め、尽き進んで頂きたいと思います。
そして、我々コーチやトレーナーなどの指導者は、常に進化しているテニスというスポーツを取り巻く環境(技術、戦術、メンタル、スポーツ医学)を把握し、最新の情報を得て、選手達に還元しなくてはいけないと思っています。
最後になりましたが、今回の連載の機会を与えて下さいましたTennis.jp様、いつも様々な知識や経験を共有して頂いているコーチ、トレーナー、管理栄養士などの仲間の皆様、そして最後に切磋琢磨して下さっている選手の皆様、この場をお借りしお礼申し上げます。
著者: 武井敦彦
Passion Sports Training代表、日本テニストレーナー研究会代表、N’s Methodスポーツメディカル&トレーニングコーチ