2023年に発表された統計で、日本のテニス審判員数が過去10年間で最多を記録した。どのような大会であっても、競技運営の専門性に長ける審判員の存在は必要不可欠だ。一方で、2025年からはATPツアーの全試合で線審が人工知能に置き換わることになっている。そこで高校時代から最年少テニス審判員として活躍し、普及に尽力してきた東大生・発田志音さんに、審判界の未来を聞いた。

解説●発田志音(ほった・しおん)
東京大学附属中等教育学校在学中の16歳でJTA公認審判員(B級)に最年少で採用され、17歳でITF国際登録。テニス審判員の普及に向けた卒業研究を通じて若手審判員の育成に尽力。東京大学大学院法学政治学研究科に在学中。

線審全自動化に伴い審判員との共生が必要

──2016年に最年少で審判員に採用されて以来、約8年間にわたって主審・線審として活躍してきました。今年はITFの機関誌で取り上げられるなど国内外で活動実績が高く評価されていますが、改めて、当時16歳ながら審判員になろうと思ったきっかけを教えてください。

発田「テニス審判員の存在は、他のスポーツと比べても独特なものだと感じたからです。グランドスラム決勝などの大きな舞台では、最大16人の審判員が、シングルスならわずか2人の選手のために試合を裁きます。ですが、中高生の県大会レベルでは、せいぜいソロチェアアンパイアか、セルフジャッジですよね。その意味で、選手にとっては、審判員がたくさんいる試合に出場することが一つの夢になっています。しかも、海外ツアーの主審のスコアアナウンスを聞いていると、とてもかっこいいですよね。線審も、特にインドアの試合だとアウトやフォールトのコールが会場に響き渡っている感じがして、いかにもテニスを観に来た!という気持ちにさせてくれます。ただ判定するだけでなく、選手や観客が心地よいと感じるよう、ほどほどに存在感をもってテニスの舞台を演出している点がテニス審判員の魅力です。ちなみにジュニアの試合では、親でもコーチでもない中立的な大人として、子どもにフェアプレーを指導する教師的な役割も担いますし、熱中症や事故の兆候にいち早く気づき、選手を守る使命も果たしています」

主審としてコイントスを行う発田志音さん。写真=一般社団法人プロテニスリーグ機構

──東大附属中等教育学校の卒業研究では、全国1,580名のテニス審判員を対象に参加動機・満足度調査に取り組み、審判員不足解消策を提言しました。その提言は日本テニス学会研究奨励賞を受賞し、JTAテニス環境等実態調査報告書にも掲載され、その後2023年には提言の一つ、JTA審判員ポータルサイトの運用が実際に開始されました。一部の大会では審判員の日当増額も実現したようです。そうした提言を行おうと考えたのはどうしてですか。

発田「小学生・中学生としてジュニアの試合に出ていた頃から、きっと審判界にも面白さや幸せがあるからこそ審判員を目指す人がいるんだろうなと思ってはいたのですが、実際に自分で審判員を始めてみて、その思いは確信に変わりました。他の審判員に話を聞いてみても、大好きなテニス界の役に立ちたい、といった思いを大切にされていて、しかもその思いを共有できる審判員仲間のコミュニティが居場所になっているんですよね。そうした審判員にとっての居場所を尊重して、テニス界全体のウェルビーイングを底上げできればと思って提言を行いました。加えて、スポーツ自体『する・みる・ささえる』人々が集わなければ盛り上がりませんし、立場の違いを越えてフェアプレー精神を発揮して理解し合うことに本質的な価値があります。当時は審判員の不足が懸念されていたので、解消策を示して発信すれば、問題の解決にも繋がる上、同世代の中高生・大学生にも審判に理解を示し、魅力を感じてくれる人が増えるのではないかと考えました」

──東京大学大学院では、法律学を研究しながら、中高生や大学生向けに審判指導やフェアプレー教育などに尽力しています。そうした取り組みも功を奏し、2023年の統計では審判員登録者数が過去10年で最多を記録しています。若手審判員も着実に増えてきているようですが、2025年にATPツアー線審全自動化を迎えることや、その後の審判界の未来についてはどのように考えていますか。

発田「科学技術の進歩に伴って、テニス審判も変わっていくことは当然ですし、むしろ変化していくべきだと思います。人工知能はもちろんですが、サイバネティック・アバターと呼ばれる、自分の分身となるロボットを使って遠隔でも活動できる技術が実用化すれば、日本にいながらウインブルドンで審判を行うことだって可能となるでしょう。科学技術の導入は、テニスの魅力をさらに高めてくれること間違いなしです。一方で、その導入のプロセスには注意が必要です。さきほど述べたように、審判員に限らず全てのテニス構成員には大切にしている価値や、尊厳があります。そうしたものを軽視して、強引に進める科学技術の導入は、決してテニス界全体のウェルビーイング底上げには繋がりません。2025年の線審全自動化は、多くのテニス審判員の目標であり居場所でもあったATPツアーでの活動機会を制約するものなので、本来は私が日本の審判員全体を対象に調査をしたように、国際的にも広く審判員の声を聴取して進めるべきだったと思います。2025年以降も、WTAツアーや国内ツアーでは人の審判員が活躍する機会がたくさんあるので、これを機に、科学技術との豊かな共生について考える気運が高まれば嬉しいです。テニス審判界の未来は、いまの10代、20代の若手審判員やジュニア・学生選手がテニス文化と科学技術の共生をどのように捉え、主体的な市民として行動できるかにかかっていると思います」

──最後に、発田さんご自身の抱負をお聞かせください。

発田「私も一市民として、テニス界に限らず、あらゆる社会に存在する価値や個人の尊厳を重んじながら、科学技術など人類の発展を先導できる人になりたいです。そのためにも、テニスコートだけではなく、裁判所コートでも強くなれるように勉強を頑張ります!」

──ありがとうございました。これからの活躍にも期待しています!

【付記】本稿の研究成果はJSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けています。

取材:保坂明美 写真:一般社団法人プロテニスリーグ機構