クレーコートシーズンは、最後まで良い結果を残すことはできませんでしたが、ローランギャロスのセンターコートで良仁は素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。その一方で良仁にとってもチームにとっても苦しく、色んなことが起きた1か月半でした。

立ちはだかる身体的能力の違いとテニスのパワー化

 

今年はミュンヘンのATP250の予選からクレーシーズンをスタートしました。

例年よりも本戦のカットが高く、特にマスターズ大会ではATPランキング40位台でも予選からで、90位台のアンリ・ラクソネン選手は、2大会で予選にすら入ることができず、試合ができませんでした。

僕たちが大きく変わるきっかけとなったのは「ATP Masters1000 Rome」でした。

予選一回戦敗退後に良仁の方から「ボールが飛ばない。最終的に打ち切られる。何していいかわからん」という話しがありました。ちょうどこの大会からナショナルチームのトレーナーも務めている東将孝さんも合流し、体幹の中でも特に腹圧部分に着目しトレーニングやウォームアップを取り入れ、ナダル選手の練習を見て、足の向きや大きくゆったり動くムーブメント、クレーコーターたちのショットの深さなど細かいところまで研究しました。

体幹のトレーニングもさらに強化していきたい点です。

そして、ラケットを新しいものに変えました。というよりも、変えざるを得ない状況に追い込まれました。

今の男子テニスはカルロス・アルカラス選手ら若手の台頭により、パワー化がさらに急速化しました。そのためラケットの性能を利用し、少しでも簡単に飛ばせるということが必要な要素となりました。特に変化の大きいクレーコートではなおさらです。

良仁の武器は変化と対応力です。相手の嫌なプレーをどんな相手にもすることができるところ。でもそんな駆け引きや戦略が無になるほどの威力あるショット、サービス力……取れないショットはもうどうしようもありません。そこにはどうしようもない「身体的格差」があります。だからこそ、僕たちもまた新しい何かにトライするしかありませんでした。

最悪なイメージでのフレンチ入り、そして運命のドロー発表…

チームで時には言い合いになるほどの意見を交わし、試行錯誤しながら進んでいましたが、前哨戦のリヨンでは予選の初戦で400位のWC選手に敗退。最悪のムードのままフレンチオープンに入ることになりました。

そして、全仏オープンのドロー番号は2番。第1シードのノバク・ジョコビッチ選手になりました。

正直かなり落ち込みました。

彼と対戦するのは3回目です。いまはポイントや賞金が欲しいのが本音です。センターコートで世界ランキング1位と試合ができることは光栄なことですが、僕たちはそう思える状態ではありませんでした。

全仏オープンはジョコビッチとの対戦でした。結果的には敗退しましたが、良仁の良さは発揮できたと思います。

どうやったらファンを魅了できるか、そこに振り切ったからこそできたハイパフォーマンス

ジョコビッチ選手を相手にどうやったら魅せるプレーができるかを真剣に考えました。負けが決まっているわけではないので、やるべきことを決めて一矢報えるようにたくさん話しをしました。

プランは2つ。

あえてペースをかなり落とし、ジョコビッチ選手に攻めさせて嫌がらせる。意外にそういうパターンを嫌がっているというデータもありました。

もうひとつは良仁史上1番のハイペースでプレーをすること。良仁的には過去の対戦からは攻められると打ち切られるイメージしかなく、耐えることがかなり難しいということでした。リスクはありますが、希望があるとしたらそれしかないと挑戦することに決めました。

結果としては負けましたが、本人も過去一手応えがあったというほどの戦いでした。ファーストセットのジョコビッチ選手の顔が怖いくらい真剣で、本気で潰しにきているのが伝わりました。

センターコートで前日に誕生日を迎えていた王者よりも、良仁のほうが応援も多く、たくさんのファンの方を魅了することができたかと思います。

ですが、現実は1回戦敗退。ランキングも100位台に後退してしまいました。昨年は好調子だったクレーシーズンですが、今年は厳しいシーズンとなりました。

昨年のクレーコートシーズンの成績が良かっただけに残念な結果でしたが、僕自身も学ぶことが多いシーズンでした。

変化に気づき、それを実践していく勇気とチームの存在の大切さ

プレーは生物です。1年、数か月でどんどんアップデートされていきます。現場にいるからこそ選手もコーチもトレーナーも全員が新たに気づくことがあります。1人では絶対にツアーで勝つことはできません。時には意見のぶつかり合いも必要なことです。全員が未知の領域に恐れながらも挑戦しているのです。僕は改めてチームの大切さと己の未熟さを痛感しました。

そして、日本にはまだ馴染みが薄いですが、ツアーコーチとして現場に出続けたいと、改めて強く思いました。

西岡靖雄(にしおか やすお)

1993年10月8日三重県津市生まれ。父親が校長を務める「ニックインドアTC(三重県)」で、現在プロテニス選手となった弟の西岡良仁と共にテニスを始める。四日市工業高校、亜細亜大学を卒業後、ツアーテニスコーチとして活動を開始。西岡良仁のサポートとして、グランドスラムやツアーへの帯同、その他プロ選手のコーチングやヒッティング、ジュニア育成を行う。また、スペインのバルセロナにあるクラブチーム「CMC Competition」でコーチを務めながら、WTAトップコーチのCarlos Martinez氏に師事し、ツアーコーチング、スペインテニス、クレーコートの戦術について学ぶ。日本に帰国後、東京を拠点にツアーチーム「Project E.O」を立ち上げる。現在は西岡良仁の他、輿石亜佑美、坂詰姫野などの若手女子選手のツアーコーチも務めている。

写真/本人提供